by Mary Jo Putney from TOPAZ BOOK
18世紀末、子爵令息のジャーベスはスコットランドのマル島を訪れていた。軍に入り、インドへ行こうとするのを父子爵に先延ばしにされて苛立っていた。酒を飲み過ぎた彼は、宿の部屋に帰り、寝ていた女が約束を取り付けていた酒場女と思って抱こうとしたが、彼女はいきなり叫び出す。単なる誤りか、陰謀か、彼はメアリー・ハミルトンという牧師の娘の眠る部屋にいたのだった。直ぐさまその父親が銃を持って駆けつけた。父親は責任を取って、娘と結婚しろと迫った。牧師は狂っていた。抵抗するも、状況に打ち勝てず、ジャーベスはその場で結婚した。幼い頃母親から受けた手ひどい裏切りによる根深い女性不信で親子に罠に陥れられたと考え、また、酔いから彼は酷く怒り、メアリーを乱暴に抱いた。その後、彼は娘がまだ幼いと知り、知的障害があると判断したが、彼女に二度と自分に近付くなと警告し、弁護士の連絡先を教えると、自らの行為に自己嫌悪に陥りながら宿を去り、間もなくインドへ去っていった。 それから七年あまりの年月が過ぎた。フランスではナポレオンが台頭していた。ダイアナ・リンゼイはヨークシャーのとある村のはずれのコテージで、息子のジョフリー、そして子守兼家政婦兼、友人のイーディスと共に静かに暮らしていた。ある冬の夜、何か胸騒ぎがした彼女は外に出て、行き倒れた中年の女性を助ける。女性はマデリン・ゲインフォードと言う高級娼婦で、死病に冒され、故郷で死にたいとロンドンからやってきたのだが、恥じる家族に締め出されたのだった。冬を越す間、四人は家族のように暮らし、ダイアナは何故かマデリンに聞かされる高級娼婦としての人生にひかれて行き、新しい運命を切り開こうと決心し、マデリンの反対を押し切り、自らも高級娼婦になろうと決心する。 やがて、娼婦達のサロンに初めて顔を出したダイアナは、そこで、ジャーベスと出会い、彼こそが自分の運命だと悟ったのだった。父が死に、今では子爵となった彼は、ダイアナを一目見て強く引かれる。彼は直ぐさま援助を申し出るが、彼女は気に入らなければ受けない、自分を魅了せよと言うのだった。この変わった挑戦に、所詮は娼婦の打つ芝居だと思いながらも、彼は彼女を口説き、やがて二人は結ばれたのだった。ジャーベスの心境は複雑だった。根深い女性不信は、計算ずくの女と彼女を見なしながらも、その優しい仕草に心引かれ、一方でその秘密めいた行動に嫉妬するのだった。彼は彼女の息子のジョフリーの存在を知り、無邪気な少年に愛着を持ちながらも、ダイアナの過去の男の存在に悩むのだった。 ジャーベスは政府の元でフランスに対するスパイ組織の運営に携わっていたが、戦略上の重要な任務のため、自らヨーロッパを旅することになった。時がたてばダイアナへの執着は冷めるだろうと考えていた彼だが、離れている内に、ますます彼女への思いは募るばかりだった。数ヶ月後、無事生還した彼は真っ直ぐ彼女の元を訪れ、一時の幸せに浸るが、翌日には彼女が二人の男を留守中出入りさせていたと噂に聞いて、彼女を責め、あろうことか、彼が大陸へ渡ることをフランスのスパイに告げたと糾弾するのだった。出入りさせていた男達はマデリンの恋人とジャーベスの従弟のフランシスだけで、フランシスは女性を愛せない性癖の男だった。スパイの件などはダイアナには信じられない冤罪だったが、信じようとしない者に何を言っても無駄だと嘆くのだった。彼は君を愛しているから嫉妬のあまり不振に陥るのだと謝り、結婚できる身なら君と結婚するだろうと言った。この時、初めて、ジャーベスは誰にも語らなかった数年前の結婚をダイアナに明かしたのだった。ダイアナは、何故か、妻を見捨てて一顧だにしないジャーベスの仕打ちに怒るのだった。彼女の指摘に反省し、過去を清算して、ダイアナと新しい未来を築こうと、彼は妻の居所を突き止め、訪れるが、彼がそこで目にしたものは・・・ やがて明かされた真実、ジャーベスの、そしてダイアナの過去が二人の絆に大きな亀裂を作り、しかもその間隙に、ダイアナに病的な執着を持つフランスのスパイ、”フェニックス”が襲いかかろうとしていた。
イントロを読むと「何て奴がヒーローだ!」と思う方が多いでしょう。恐らく、この作品の評価は両極端に別れるのではないかと思います。メアリー・ジョー・パットニーの作品は、時代背景の描写の的確さ、そして男女の緊張感有るやり取りが何とも言えず読み応えがあります。また、心の深い傷を癒やそうとする人々の描き方が上手いことも特徴のひとつです。幼い頃のトラウマに呪われ、あらゆるものを信じることが出来ず、ますます幸せを失っていくジャーベス。そして同じく幸薄い生い立ちでありながらも、母となって克服していったダイアナはその一途な愛でジャーベスを心の奥深くの暗闇から救い出そうとする姿がじっくりと描かれています。また、親子の愛、友情も描くと同時に、愛というものが引き起こす様々な面を見事に描いています。 |